TEL.096-353-4941

2024.05.08

馬肉が桜肉(さくらにく)と呼ばれるようになった理由は?

今や全国で堪能できる馬刺しですが、場所によっては馬肉を桜肉(さくらにく)と呼び親しまれているのをご存じでしょうか。馬刺しをさくら刺し、馬肉の鍋をさくら鍋と呼ぶことがあるようですが、桜肉と呼ばれる由来はさまざまあり、各地で内容が異なります。

本記事では、馬肉が桜肉と呼ばれるようになった理由を馬肉の歴史とあわせて紹介します。また、馬肉が安全に食べられる理由についても触れているので、ぜひ最後までご覧ください。

馬肉の歴史

馬肉は、日本では古くから親しまれてきた食肉のひとつです。ここでは、馬肉の歴史について紹介します。

いつ頃から食べられていたのか

馬肉の歴史をひも解いていくと、およそ2000年以上前の縄文時代までさかのぼります。当時のモンゴル(蒙古)から家畜として渡来してきたのが、馬が日本に文化として残っているルーツといわれています。

日本最初の天皇、天武天皇が発令した肉食禁止令が675年に制定されたことを踏まえると、馬肉を食してきた文化も古くからあるようです。馬肉を食べることが広まったのは江戸時代あたりからで、当時の肥後藩主の加藤清正が朝鮮出兵したときといわれています。

食糧難に困っていたところでやむなく軍馬を食べたらあまりにおいしく、日本に戻ってから好んで馬肉を食べたそうです。

馬肉が桜肉(さくらにく)と呼ばれる由来

馬肉は、別称で桜肉(さくらにく)とも呼ばれていますが、由来とされる事柄がいくつかあります。ここでは、馬肉を桜肉と呼ぶ理由について紹介します。

隠語説

675年に天武天皇により肉食禁止令が発令され、全国的に肉を食べることが禁じられました。しかしその背景を考えると、もともと古くから肉を食べる文化があったと考えられます。

肉を食べられないなかでもどうにかして食べたい欲求が抑えられず、肉の名前を隠語にして呼ぶようになった説が「隠語説」です。馬肉は桜肉として通じましたが、そのほかにも猪肉を牡丹(ぼたん)、鹿肉を紅葉(もみじ)と呼ばれていました。当時の名残がそのまま残り、現在でも馬肉=桜肉で通じています。

馬肉はさくらの季節が美味しい説

ふたつ目の説は馬肉の旬の季節です。馬肉はもともと春の桜が咲く頃が一番おいしいとされていました。その理由として、馬は草や穀物を食べて育つことが考えられます。

夏場は水分の多いみずみずしい草を主に食べる一方で、秋口から冬場は徐々に植物の水分が少なくなり、干し草や穀物をたくさん食べて過ごします。そのことから、夏場の馬肉は水分が多く感じやすく、冬を越した馬は脂乗りがよくおいしいといわれるようになりました。

化学反応説

馬肉は、ほかの食肉よりも鉄分が豊富に含まれていることが特徴です。含有量を比較すると、牛肉の約1.5倍、豚肉に関しては約3.5倍もの鉄分が含まれています。

そのため、鉄分が豊富な馬肉が空気に触れることで、馬肉に含まれるヘモグロビンと空気中の酸素が化学反応を起こしてきれいな桜色に変化します。この馬肉に起こる肉の色の変化が桜肉と呼ばれる由来です。

また、化学反応ではありませんが馬肉を鍋で煮込んで食べる際に、肉の色が桜色に見えたことも桜肉と呼ばれる由来のひとつとされています。

地名説

馬肉が桜肉と呼ばれる由来のひとつに、地名が関係している説もあります。場所は千葉県の佐倉という地域で、江戸時代には江戸幕府が所有する牧場があったことから「馬といえば佐倉」といわれていたそうです。

現在でも佐倉は、城下町の面影を感じさせる地域で、2016年には日本遺産に指定されています。広大な土地を活かして、今でも牧場や乗馬クラブなどが佐倉で運営されており、馬とのつながりが長く続いている地域といえるでしょう。

食品偽造説

桜肉と呼ばれる由来として少し変わっているものに、食品偽造説があります。現代では、イベントや販売店で客を装って盛り上げる人のことを『サクラ(偽客)』と呼んでいますが、その言葉は江戸時代ごろから使われています。

明治時代頃から露天商などで客を装い、商品を褒める人のことをサクラと隠語で呼んでいました。その当時に流行った牛鍋の牛肉の代わりに、馬肉を使用したことから『サクラの肉=桜肉』と呼ばれるようになったといわれています。

高村光太郎説

最後の説は『高村光太郎説』です。高村光太郎とは明治時代の美術家で、主に詩人・歌人・彫刻家・画家として活動をしていました。

なかでも『道程』や『智恵子抄』などの詩集が有名で、教科書にも多く作品が掲載されています。日本文学史上、近現代を代表する詩人として位置づけられています。

馬肉が桜肉と呼ばれる由来は、高村光太郎の『夏の夜の食欲』に関係しており「浅草の洋食屋は(中略)ビフテキの皿に馬肉(ばにく)を盛る。泡の浮いた馬肉(さくら)の繊維(後略)」の一節が元となって広まったといわれています。

熊本で馬刺しが名物になった理由は?

熊本で馬刺しが名物になった理由はおおまかに3つあります。

  • 高い栄養価
  • 熊本名物といわれる理由
  • 熊本馬刺し

それぞれ順番に紹介します。

高い栄養価

馬肉にはさまざまな栄養素が含まれており、その高い栄養価に注目されて名物になったといわれています。馬肉は、高たんぱくで脂肪分が少なく低カロリーなのが特徴です。

そのため、ダイエットや身体づくりを行いたい方に最適の食べ物といえるでしょう。またそのほかには、鉄分や各種ビタミンも豊富なため、疲労回復や美容効果にも期待できます。

熊本名物といわれる理由

馬刺しといえば熊本のイメージがある方も多いですが、馬刺しは熊本が発祥の地といわれています。400年ほど前の熊本(肥後藩)の藩主である加藤清正が、朝鮮出兵の際に食糧難になり、仕方なく軍馬を食べたところあまりにおいしかったため、日本に戻ってから好んで馬肉や馬刺しを食べたとされています。

そこから熊本で馬肉を食べる文化が根づき、今では熊本名物として知られるようになりました。

熊本馬刺し

現在では、あらゆる場所で馬刺しが食べられますが、日本各地で馬刺しの特徴が異なります。なかでも熊本名物の馬刺しは、霜降りの馬肉を使っており、甘めの醤油で食べるのが一般的です。

熊本馬刺しで使用される馬肉は、重種馬と呼ばれる800kg~1tの大型馬の品種を使用しています。サシがきれいに入っているのが特徴で、口に入れるととろりとした脂の旨味と甘みを楽しめます。

生肉で食べられるのはなぜ?

マグロなどの魚の刺身と異なり、肉は生で食べることを推奨されていません。しかし、馬肉に関しては馬刺しのように生で食べられることが一般的に知られています。馬肉を生で食べられる背景には、食中毒のリスクが少ないことが挙げられます。

肉の生食がタブー視されるようになったのは、2011年に起こった焼肉店の食中毒事故が原因です。食肉加工の際に、食中毒の原因となる菌が付着した肉を生で食べたことで集団食中毒が起こり、大きな事故につながりました。

そこから食品衛生法の基準が新たに定められ、今までは問題のなかったレバーの生食が禁止になり、牛肉の生食も厳しい基準にクリアした場合のみ販売を許可する方針に代わりました。

一方で馬肉は、牛のような反芻(はんすう)動物ではないため、O-157などの腸管出血性大腸菌のリスクが限りなく少ないといわれています。また、細菌性食中毒の原因となるカンピロバクターが馬からは検出されない特性や、体温が40度以上で細菌が繁殖しづらいという特徴があります。

そのため、食肉の生食が厳しい現在でも、安全に馬刺しが食べられるのです。

次に、馬刺しの味や和牛との違いを解説します。馬刺しは淡白で独特の風味があり、和牛とは異なる特徴があります。くわしくはこちらの記事でご覧ください。

まとめ

馬肉が桜肉と呼ばれる理由や馬肉の歴史、安全に生の馬肉が食べられる理由について紹介しました。馬肉が桜肉と呼ばれる理由は、主に以下の6つの説があります。

  • 隠語説
  • 馬肉はさくらの季節が美味しい説
  • 化学反応説
  • 地名説
  • 食品偽造説
  • 高村光太郎説

由来はさまざまありますが、古くから日本で親しまれていたことはどれも事実です。この記事をきっかけに、おいしい桜肉の馬刺しを食べてみてください。

肉の大栄では、厳選した良質な馬肉を使用した馬刺しを各種取り揃えております。また、あらゆる部位を一度に楽しめる馬刺しセットなどもご好評いただいております。ご自身用や家族で食べるのはもちろん、大切な方へのギフトにおいしい馬刺しはいかがでしょうか。

肉の大栄 オンラインショップへ